クライミングボード建設(平成13年5~7月)
建築資材搬入に先立って、垂木の加工やコンパネの穴あけなどの下準備を、山本氏の仕事場を借りてみんなで行った。初夏の強い日差しのもと真っ赤に日焼けして働いた。昼休憩には外でビールを飲みながらバーべキュウをし、午後からの作業は怪しい手つきだった。この時の建築資材の買い付けや仕事場の提供、大量の資材搬入(ユニック車を出してもらった)、足場の貸し出し、工賃や手間賃、果ては、この時の飲食まで、全て山本氏が提供したものであり、これがなければボードなどはとても作れなかったと思う。

壁の工事自体は、こうした下準備もあり、搬入、搬出を含めて延べ4日間の作業で終了した(期間は約1ヶ月弱程度)。実際の建設工事の時には、山本さんと米子クライマーズクラブの方(溝口在住で、名前は忘れてしまった)の2名の棟梁の下、約10名が働いたため、あっという間にできた。ただし、このときにはメインウォールの上部ルーフ帯はなく、コンパネ4枚分の高さで終わっていた。これが名和ボード誕生当初であり、以後段階的に拡張していくことになるのである(また、その話についてもふれてみたい)。今の規模からすると、こじんまりとしたボードであったけれども、米子工業高校時代の時と比べると格段の差があった。

第4回名和クライミングクラブ総会を終えて
   平成18年4月
   事務局長 辻  信 広
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by nawaclimbingclub | 2006-05-15 11:50 | 局長のひとりごと | Comments(1)
Commented by I波 at 2006-05-15 19:21 x
懐かしいね。トレセンに決定するまでにもいろいろ探したりしてホント不毛の時代でした。高さはコンパネ4枚分でしたがそれまでに比べたら、格段の差で画期的だったね。
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