まとめ
ここに至るまでには、以上のような様々な段階があり、それに際して様々な人々の協力と努力があったということを書いてみた。
今にして思えば、廃校でのあの事件が、今の名和ボードに繋がった事になる。奇妙なことに、2度の撤去という危機に直面したからこそ、ここまで充実した施設ができたのだと思う。廃校での最初の撤去がなければ、未だにプライベートウォールであったろうし(私自身、人との繋がりの大切さを学ばなかっただろう)、米子工業高校を追い出されなければ、クライミングはここまでの広がりを見せなかったに違いない。
危機の度に発展を重ねていき、そこに強い結束が生まれ、それが結実して名和ボードが誕生したということになる。ここに名和ボードの特徴が顕著にあらわれている。それは、このボードを作り出した力は、クライマー自身の自主性と結束力、そして自己奉仕の精神であり、その力が脈々と、成長しながら現在に受け継がれている。だからこそ、この施設を使用するクライマー自身が自分たちのものであるという自覚と責任を持って、ボードの維持・管理と発展を図っていかなければならないし、クライミングコミュニティーの成熟を目指さなければならない。
自由にクライミングできる恵まれた環境とは、クライマー自身が果たさなければならない責任の自覚の上に成り立っているだろうし、クライミングコミュニティーの中での自分との対峙から生まれてくるものと私は考えています。そして、それを実現するための象徴として、名和クライミングクラブが生まれたのだと私は信じています。

                       回名和クライミングクラブ総会を終えて
                                平成18年4月
                                事務局長 辻  信 広
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by nawaclimbingclub | 2006-05-17 15:24 | 局長のひとりごと | Comments(4)
Commented by 山だ! at 2006-05-19 22:13 x
 辻さん、こんにちは。クライミングボード建設の話、懐かしく読ませてもらいました。米工での週一の練習会のことも、思い出すとなんだかしみじみしますね。いまだにヘタッピィーな私ですが、それなりに今もクライミングを続けているのも、水曜日の夜に、すぐパンプしながらも通った日々があったからだと思ってます。それと辻さんと出会えたことも大きかったですね。
 職場のボスが言っていた言葉が思い出されます。「文化は生き物だ。だから、文化は脈々と受け継いでいかないといけないのだ・・・・・」と。
 クライミング文化を受け継ぐものとして、これからも微力ながら貢献していきたいと辻さんの文を読んで思いました。辻さんどうもありがとう。
Commented by yone at 2006-05-21 19:18 x
鳥取県のクライミングボード建設の道のり(歴史とすべきかも)を知ることが出来ました。私が初めて名和ボードを訪れた時、こんな立派な施設が無料で利用できるのかと感心し、てっきり役所が建設したのかと思っってしまいました。その後、県山岳連盟や辻さんたちの奉仕による手造りであることは知っていましたが、こんなに多くの道のりがあったとは、想像もしていませんでした。経緯を教えていただいてありがとうございました。私たちは名和ボードを当たり前のように自由に使っていますが、これがいかに恵まれた環境であり、多くの方のおかげで成り立っているのかを心に刻み、日々の練習に励むだけでなく、この環境を発展させてゆくことに努めなければならないと思いました。yone
Commented by hiroto at 2010-06-08 23:40 x
高級なワインは美味しいです
安いワインでも 仲間とワイワイ飲む酒は美味しいです
仲間と飲む酒のように感じました
初心者の僕にお付き合いいただき 安い初歩的な課題にも親切にご指導してもらい 今までは手が届かなかったすぐそこに 手が届いたことに感謝しています
今日は本当にありがとうございました
またご一緒して下さい
Commented by T字 at 2010-06-09 00:24 x
こちらこそ一緒に登れて楽しかったです。なかなか時間が合わないかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします。
また、お店のほうにも行かせてください。楽しみにしております。では!
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